森羅万象セミナー

第1回 §3

まあそのような出会いがありました。また、今回はやりませんけれども、森有正という方についてご存じの方いらっしゃいますか、聞いたことある方。特にないでしょうか。明治時代の最初の文部大臣、森有礼の孫で、東大でフランス文学の助教授をやっていた森有正という方がいらっしゃったんですね。この方は戦後すぐに、1年間の約束でフランスに第1回の政府給学生で行きまして、結局は日本に帰らずに、向こうでずっと30年帰らず暮らされて、すさまじいいろんな葛藤の中で哲学、特に経験という概念などいろんなことを考え抜いた人ですけれども、そのことも、大きな出会いでした。

また第3回目にやりますけれども、小林秀雄との非常に大きな出会いがありました。これも今日やりませんけれども、皆さん、埴谷雄高という方、「死霊」という長い長い小説を書いた方はご存じないでしょうか。今は亡くなっていますけれども、以前その埴谷さんにお会いした時、彼の目には本当に感動しました。なんとも言えない目をしていましてね。この世からあの世の果てまでを、凝視し見据えたような、素晴らしく深く、また澄んだ、そういう目をしていました。彼は戦後文学の旗手の一人だったのですが、小林秀雄をどう思うかについて質問すると一瞬顔を引き締めましてね、「彼は日本人の中で唯一、富士山のてっぺんまで登った人なんだ。7号目まではフランスのランボーだとか、ドストエフスキーとか、そういった人たちの背中に乗って登った、でもそこからは一人で登った唯一の人だ」という話をされました。それを聞いて、非常に興味を持っていたわけなんですが、フランスに行った後、小林秀雄を徹底的に精読する機会がありまして、極めて大きく触発されました。非常にものごとを考え抜いた人で、極めて透徹した考えの持ち主です。彼からも、とても大きな影響を受けました。

他にも数えきれないいろんな出会いがありましたけれども、とても大きな出来事っていうのはそういうものでした。ホメオパシーを教えるようになって、いろんなお話をしてきている訳ですが、ある時に妻が、私がむかし妻に書いた大量の手紙を持ってきましてね。結婚前、私はフランスにいて、妻は学生で妻の実家の方にいたわけですけれど、その頃フランスに来て欲しいと思って、あの手この手で毎日手紙を書いていたんですけれど、その中に、当時考えていたさまざまなことを書いた手紙もありまして、久しぶりに読んだんです。そうしますとね、実は今話していることと同じようなことを20年くらい前に既に書いてあるんですね。進歩がないんだなと思ってみたりとか、人間が考える方向性は大きくは変わらないんだな、というふうに思ってみたりとか、いろいろですけどね。

人間の考えの根本ですが、実は、いろんな大きな出会いがあって、たくさんいろんなことが変わったと今申し上げたばかりですが、ある意味全部が変わったと同時に、何も変わっていないんですね。全部が変わったと同時に何も変わっていない、矛盾的な言語ですけれども、もちろんこれは本質的には全く矛盾ではない。小さい頃からどんな人もある意味では全てが変わっているけれども、また何も変わっていない。同時に表面的には全く変わったように見える人も、よくよく見ると本当は何も変わってない訳ですね。

ちょうど量子力学を作った一人に、ニールス・ボーアというとても大きな人がいます。今日は詳しくお話しませんが、「相補性」という概念を量子力学に持ち込んで、「粒子性」と「波動性」という、量子力学の大きな矛盾をどう解決するかを考えた人です。非常に微小で微細な世界において、原子なるものが、粒子性も示すし、波動性も示す。両方を示すけれども、古典的な世界観では粒子であることと、波動であることは、これは相容れないわけです。粒子であるならば、それはもう粒だから粒でしかないし、波であるならば、それは波であるしかない。古典的世界観から見ますと、粒子であるということは波動ではないということを意味しているし、波動であるということは粒子ではないということを意味していた訳ですけれども、電子の振る舞いを見ますと、粒子性もあるし、また同時に波動性もある。これはいったいどういうことなんだろうと随分と考えた時に、彼は「相補性」というこの概念を出してきた訳です。これは我々にとっては何も目新しいことではないんです。反対に見えることは、実は対立しあうわけではなくて、実は相補いあってひとつの全体というものを成している、「粒子性」と「波動性」は対立するものではなく、相補いあって原子の全体を表している。それを唱えた人です。

まさに陰陽のようなものですね。彼はじっさい東洋の哲学に傾倒していて、ニールス・ボーアの家の紋章は実は陰陽のマークなんです。彼は「相補性」という概念を自分の中で発見して、これだ!自分が今までずっと求めていたものはこれだったんだ!と非常に興奮をしていました。ちょうどその頃、郷里に帰って自分の小学校の時の友達にたまたま会いました。地元の中学校で物理の教師をしていた友人に、その大発見の考えをとくとくと話したらしいんですね。1時間2時間くらい熱心に話した後で、その昔の友達が面白くもなさそうに、「君は同じ話を小学校のときからいつもしているよ。」って言ったっていう話があります。「三つ子の魂、百まで」ではありませんけれど・・・まあ非常に興味深い話でした。人間の成長というものはいったいどういうものであるのか、いろんな示唆を与えてくれることでもあります。まあ、そういうふうに、昔からいろんなことを考えながら来た訳です。

続く

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