森羅万象セミナー

第3回 §8

一番最初にちょっとだけ、無限になった途端、有限と無限とが全然違ってくる話をしました。そこで1=0.9999・・・の話はちょっとしましたよね。この9が途中で止まってしまったら、この9が一兆個あっても一兆の一兆の一兆の一兆倍あっても、それが途中で止まったら、これはもう1じゃない。でもこの9が無限に続くとなった途端にそれは1になる、と言いました。

この「物数を極める」。この「極める」、これは数学で言う極限なんです。無限に近付いていくことを極限と言うんですけど、この極めるというのは無限のことなんです。無限に近付いていこうとする。そうでないと、それは極めることにはならない。なぜでしょうか。有限だったら必ずまたその次があります。その次があるんだったら、それは極めることになりません。尽くす。全てをやり尽くす。それが有限だったら、尽くしたことにならない。尽くすっていうことも、極めるっていうことも、両方無限なんです。

この無限ということですが、でも人間の数えることのできる数には限界がある。もちろん限界があるんです。数には限界がある。だけれども、これは数のことを言っている訳じゃないですね。例えば何かを重ねていく、まあ極端に言うとね、重ねていく時に、4つぐらい重ねていった所でそれが「無限」になる場合もあれば、100万桁ぐらい重ねないと、無限になっていかない場合もある。つまりこの無限という意味は、いろいろやっていく中で、「ああそうか、こういうことなんだ」って言うことが分かるまでという意味なんです。

だからそれは、どのぐらいやったらそれが「なるほど」って来るのか、これは人によって皆違う。ただ単に数を重ねれば自動的に分かるというものでは全くない。だから、千年やった人の方が一年やった人よりも絶対によく分かると、こんなことはもちろんない。また、何兆年やりさえすればできるというものでもない。時間というものは、極めて不思議なものだというふうに申しましたけれども、ある人の一瞬というものはある人の一兆年の一兆倍かもしれない。

要するにそこで大事なのは、起こるべきことが起こるのか、起こらないのかということだけであって、物理的な時間は結局のところ関係ないんです。起こるべきことが起こるのか起こらないのか。それしかない訳です。

有名な「ゼノンのパラドックス」とものがあります。ギリシャ時代のゼノンという人が言ったと伝えられているんですけれども。彼が言ったのはこういうことです。まず、ここから壁に向かって矢が飛んでいくとしますね。的に向かって飛んでいくんだけれども、この矢は、決して的には届かないと。

彼が言ったことを説明しますとね、まず的に到達するためには、矢を放った位置から的までの距離の、まず半分を通らないといけないだろうと。

そしてその次に、その位置から的までの半分の距離を通らないといけない。

そして、またその位置から的までの距離の半分を通らないといけない。

そしてまたこの半分に通らないといけない。

さらにこの半分を通らないといけない、またこの半分を通らないといけない…そうすると、いつまで経ってもこの「半分」というものはあるので、そこを通り過ぎないと次に進めない、だからこの矢は的に決して届かない。

これは当時の人たちを非常に悩ませ、またそれ以降も数学者たちを大変悩ませた問題なんです。

これは、さっきの言葉ということ、言葉の持つ非常に強い力の証明でもあるんです。我々は、矢を放ったら的に届くことは知っています。

でもさきほどは、言葉上こういうふうに言いました。「この半分を通らなきゃいけない」。これは否定できないですよね。半分を通らなきゃいけないことは否定できない。そしてこの「半分」は、いくらでも無限に、この半分、この半分…ってやっていくことができます。

そうすると我々は、そこからあるイメージを持つ訳なんです。イメージというか、「この半分を通らなきゃいけない」「半分を通らなきゃいけない」…と、無限に「この半分を通らなきゃいけない」ので、「ここには届かない」。そのように、言葉によって導かれてしまうわけです。ただ、ここで「届かない」って結論付けた途端に、本当はもう違うんですけれども。

言葉の持ついろんな「錯誤」、我々を非常に易々とどこかへ導いてしまう、言葉の魔術というか、言葉上のいろんな「錯誤」、もしくは「虚妄」。我々を「妄想」に導いてしまうようなね。ここで言う「妄想」というのは、ありのままとは違うものに導いてしまう、言葉の持つ非常に強い力です。

ここで必要になってくるのが、いわゆる禅で言う「見性(けんしょう)」です。この性(しょう)というのは、この世界の実相、ありのままというものをありありと見る。これは、単に見るというのとは違います。我々が通常よくやっているように、ぼんやり見るということではなくて、我々の中に体現するということです。これはすなわち、言葉の虚妄を打ち破っていくということです。我々はどうしても言葉によっていろんなことを定義しているんですね。そして言葉によって支配されています。

続く

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