04年3月に開催された癌(ガン)セミナーの講義内容を公開いたします。ガンに関するホメオパシー的な考え方や対応、またガンと関連の深いレメディーをご紹介します。

癌セミナー講義録(前半)

今日は癌セミナーに、皆さんにいらして頂いてとても嬉しいです。途中でご質問の時間を設けますので、どうぞ遠慮なくしていただきたいと思います。私は医師ではありません、ホメオパスです。

帯津三敬病院(約100床のベッド数)にて、ほとんど癌の患者さんが占めるその病院で約3年間いろいろな形でかなりの数の癌の患者さんたちを診てまいりました。そして、そこでみている間に院内で大きな変化が起こってきました。単純に癌が治るとか治らないとかそういったことに留まらず、それはそれでもちろん大事でないことはないんですが、それだけに留まらずに、もっと大きなところでの大きな変化と申しますかそういったことが如実に現れて参りました。

腫瘍がそれ以上成長しなくなった、病理的な意味での顕著な改善がみられた方ももちろんいらしたわけですが、単純にそういうことだけに留まらない、大きなその人の人生の中での転換期、大きな気づきですとか、新しく人生を生きなおすというような、非常に大きな変化が病院内で起こってきたんですね、帯津先生もこれは、自分で始めなければと御自分でもホメオパシーを本格的に始められたわけなんですね。

私もこれまでいろいろな形で診させて頂いてきた方たちの中で、癌の方たちはおそらく全体の半分ぐらいを占めるのではないかと思います。

癌というものは帯津先生の言葉をかりれば、これ程ミステリアスなものはない。と、この言葉はちょうど今から5年ぐらい前にロンドンのホメオパシー病院 ロイヤルホメオパシー病院、エリザべス女王が最大の支援者であるところの病院があるのですが、そこで長く勤めていらした医師のアンクローバー先生が定年になりまして、帯津先生は何度かお会いするたびに感銘を受けていたわけですが、退職されるとき、何十年か癌の患者さんを診てきて最後に一番印象に残っていることは何ですか?と聞かれ、即座に返ってきたこと、それが’がんほどミステリアスなものはない’ということだったんですね。

このミステリアスな物というものが、様々な意味で、本当に、確かにミステリアスなものなんですけどね。癌と言うものはどういうものであるのか、どのような原因があるのか?様々な説があって、7種類も8種類もいろいろな説があってそれぞれ間違ってはいないわけですね。

例えば、X線ですとか昔のキュリー夫人のようにラジウムを平気で手で触っていらした方が白血病か何かに、職業的に、そういうふうな被爆するような確率が高いとか、喫煙とのかかわり合いですとか、食事とのかかわり合い、いわゆる癌ウイルスと呼ばれるようなそういう風な原因的ものですとか、遺伝子的なかかわり合い等さまざまな説があり、それぞれ特に間違ってはいるわけではないけれども特にこれという決定的な、これがいわゆる癌の原因ですということが明らかになっているわけではないんですね。

そしてその癌というものが、外から分かりやすく感染症のようにウイルスが進入してきて病原菌が問題を起こすというほど簡単なものではないわけです。私達自身の中にある非常に何らか深いところと関わっている、ある種のdisorderと申しますか、きちんとした形で、組織で上手く機能しない、不調和というものを起こす、なんだか非常に深いところに関わっているということは確かなことではあるわけなんですね、深いところと関わっていると言うことは、いわゆる単純な治療法があるわけではない。ということにもなるわけなんですね。

私なりにずっと癌の患者さんたちとこれまで付き合っていきながら、また同僚ですとか先輩たちですとか、これまで偉大な多くの偉大な先達のお書きになったもの読んだり、お話を伺ったり、また私自身考えながら、やはり実感しているところは、癌は単なる腫瘍ではない、ということです。

現代医学は本当に科学的なのか?

最近よくEBMということをいわれるわけなんです。EBMというのは、EはEvidence 確たる証拠という意味です。

Evidence Based Medicine、確たる証拠に基づいている医療、医学ということです。最近これがよく言われているんですが、どういうことかと言いますと、今まではそうではなかったということなんですね。

ハーバード大学の医学部の研究によりますとね、今の現代医学で行われている治療の中で本当に証拠に基づいているものは、2割ぐらいにしか過ぎないというんですね。あとは確たる証拠に基づいていなくて、ある種の信念というか、こうで、こうでという、こうだから、こうなんではないかという、推測speculationに基づいているのです。

近藤さんという方(”「がん」ほどつき合いやすい病気はない”講談社プラスα文庫の著者)がアメリカに行かれて日本に戻られたときに、この方はもともと放射線の方ですが、日本のやり方というものが世界的に標準であると信じていましたし、又、様々な情報も瞬時に伝わっているはずなので、日本で行われている治療、というものは世界中で行われている標準的な治療と基本的には同じであろうと考えていたわけです。 しかし、全くそうではなかったことに気が付きます。様々なところで大きな違いというのがあったんですね。

いわゆる科学というもの、また医療、現在まで分かったこと、分かったと考えていること、それらだけ見ますと、非常に莫大なことまで分かっているように見えます。こんなことまで解っているのか?というぐらい、ものすごくすばらしいことまで解っています。確かにそれもそうなんですが、例えば人間一つとってみても人間の中で起こる、より莫大なことからみますと、ごく僅かなことしか解っていないということもまた、事実なのです。

一番大きな問題は、分かっていることだけで、勝負しようということは極めて危ないということなんです。分かっていることだけで、あらゆることを解釈してしまうということが、極めて問題である、きわめて危険、極めて非科学的であるということなんです。

代替医療の話に戻りますけれども、代替医療のシステムというのは、非常に微細なところから、微細なエネルギーをなんらかキャッチしてそこで何かをしようとするわけです。微細なレベルというところは、現在の科学ではまだちゃんとはアクセスできていないところ、まだ捕まえられていないところなんですね。ちょうど100数十年前には原子のレベルには我々の科学では上手くアクセスできていなかった。けれども今はある程度アクセスが出来ています。それと同じように代替医療がやろうとしているレベルのところはホメオパシーでも他の代替医療でも、非常に微細なところに行くわけなので、まだ我々科学が、巨視的なレベルから、大分下がってきてはいますけれども、まだまだアクセスがついていない、まだ見当もついていないような、そういうレベルなんですね。

例えば、心のレベルにしても、今ようやく心について多少のことが、アクセスが出来てきた、我々の中には脳内物質なるものがあるとか、そういうことがだんだん解ってきたり、まだ本当にごくごく、まだまだ小さなことが分かってきたに過ぎないのです。そして、まだ分かっていない巨大な未知の世界というものがそこにはあるわけです。解っているところだけを見ると、巨大なことが解っているように見えますけれども、全体から見ると、本当は取るに足らない小さなことしかわかっていない。その小さな取るに足らない知識でもって、わからないことを全て解釈しようとして、取るに足らないような知識で解釈できないことは、全部これは証明されていないインチキなんだ、とそういう風な考えになってしまうわけですね。ですから真の科学者というものは、まだわからない未知に対して、敬虔な畏れというか、敬いというか、そういうものを真の科学者、偉大な科学者はもっているのが本来の姿です。

しかし、ほとんどの、自分は科学者だ、と思っている人、私は彼らを科学者とは言わなくて、科学産業従事者と呼んでいるんですが、彼らは真の科学者ではないので、どうしても自分が持っている狭い常識的なこと、教えられたことで解釈できないことは、「これは科学的に証明されていないから、インチキだ」として”何か証拠を示せ”と、すごく偉そうなふんぞり返った感じでもの言うことになってしまうのです。

すごく前置きが長いことなんですが、私が申し上げたかったことは、癌という事に対しての我々の恐怖というものがあるんですけれども、良くそれについて考えてみる必要があるということなんですね。

ホメオパシーと癌とのかかわりと言うものは非常にすばらしい関りになりうるものだと思っておりますし、これからホメオパシーが日本にちゃんと広がっていったときに、やがてホスピスと言われているところで、理想的なものになるのではないかと思っています。ホスピスは今から100年ぐらい前に、英を発祥にできたわけですが、結局のところこれが何かと申しますと、末期の方達に対して現代医学の治療法が有効でない方たちに対して、もう、いわゆる治療は止めますと、そしてquality of life(人生の質)幸福な人生っていうもの、 を上げていく、とにかく最後のすばらしい末期を、経験をしながら静かにこの世を去っていく、ということそういう風なことで建てられたものです。

その大きな前提として、いわゆる現代医学的な治療というものは攻撃的な治療ということなんですね。つまり癌をいろいろな形で攻撃している、つまりなぜかというと、癌は敵だとみなしているために、敵を選別しなくてはいけないということで、様々な非常に苦しい、患者さんが苦しむような攻撃的な治療をされる、ということなんです。

ホメオパシーのレメディと言うものは、とにかく最後の一瞬まで、もっと言うと、亡くなってからも、亡くなってから、というと怪しい話になるので今日は止めますけれども、それも本当はしたいのですけれども(笑い)とにかく亡くなるその直前まで、その瞬間までね、その方がより幸せになることを助けてくれる、そういうものであるわけなんです。

そういうわけでいろんな意味で非常に、これから将来、日本の、単に医療にとってというだけではなくて、我々がよりすばらしい人生を生きていく中で、大きな助けをしてくれるものだと思っています。癌と様々な関係をもつレメディというものがありますので、それらと癌との係わり合いについて後半はお話したいと思います。

より詳しい説明

癌は単なる腫瘍ではない

癌の本質tumorは腫瘍そのものではない、ということなんですね。確かに腫瘍という形でそういうふうに表現をされて出てくるものではあります。けれども、いわゆる物質的な意味での腫瘍そのものではない、ということなんですね。もっと深いところからくる、ある種のエネルギーと申しますか、そのエネルギーというものが、腫瘍というふうな表現のされ方をしているもの、それを非常に深く感じるわけなんです。

よく俗にも、こういう人は癌になりやすいとか、様々なことを言われますけども、それらはそれなりにみんなどこか真実をついていることは確かにありますけれども、そしてそれがなにを言わんとしているかというと、結局はある種の存在のあり方ということ、エネルギーの存在のあり方、非常に深いレベルで、非常に微細なレベルで、エネルギーレベルですから、物質的に表現されるもっと以前の、もっと微細なレベルから、いろいろなことが始まっていると言うことなんですね。

癌の本をいろいろ見ておりましたら、ちょうど面白い単語が書いてありました。癌についてある種のイニシエーションとプロモーションがあると書いてあるわけなんですね。イニシエーションとはそもそもの始まりということですね。そしてプロモーションというのはそれをいろいろ促進していく。何か、まるで何か宗教的な儀式みたいな、イニシエーションと書いてあったんで非常に面白いなと思ったんですが、そのある種のイニシエーションと言うのは、非常に微細なレベルから発していくものだということ、そしてその微細なレベルから発しているいろいろなレベルの循環って言うものがあるわけなんですが、循環と言うものがだんだんいろいろな形で循環していって、そしてだんだん目に見えるものになっていくということでもあるんです。

癌と言う病気に関しては様々な神話というものがあったり、様々な恐怖というものがあるわけなんですね。あるときに近藤誠さんという慶応大学の医学部の講師の本”「がん」ほどつき合いやすい病気はない”講談社プラスα文庫、この方の本はたいてい読んでいますが、癌に対する考え方はこの方の書いたところと相当のところ私も共鳴しています。

この本は今から8年ぐらい前に書かれています。この中に書かれている治る癌と治らない癌ですとか、「患者よ、癌と戦うな」という本も出版された時も、かなりセンセーショナルでしたが、私の癌の知識は非常にこの方に負っていると思います。ただ、必ずしもそのまま全部鵜呑みにしているというわけではもちろんありません。

癌に関心のある方はこれらの本を是非読んで頂きたいと思いますが、この方の最大の良さというものは”とにかく医療というものを真に科学的に捕らえようとしている”ということです。そして一般的に、例えば”現代医学というものは科学的で、そして代替治療をはじめとするその他の治療というものは非科学である”と、一般的にそう思われています。ただし、ここで、いわゆる代替医療のことはちょっと置きましても、一般的に科学的だと思われているところの現代医学の治療というのは本当に科学的なのか?と問いてみる必要があります。

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今の現代医学で行われている治療の中で本当に証拠に基づいているものは、2割ぐらいにしか過ぎない

自分の先生があるやり方をやっている、弟子と言うのは、そのやり方に逆らうことはなかなか難しいですからね、特に日本では難しいので。何故そうなのか?ということを問うことなく、とにかくそうやっているから例えば、乳がんの治療に対しては、100年ぐらい前に アメリカの ハルステッドという有名な先生がいらして、その方がハルステッド式手術というものを始めました。これはようするに、癌というものがリンパ節に転移している、そこからどんどん転移していくことを防ぐためにリンパ節も全部郭清する、全部切り取ってしまって乳房どころか周りの筋肉まで全部切り取って真平にする、という手術です。

これは、実際には確たる証拠には基づいているのもではなかったんですね、けれども、リンパ節からどんどん全身に広がって転移してしまうからという、ある種の理屈、ある種の考えよりこれが行われていたんですね。リンパっていうのは全身に駆け巡っていますから、そこから癌が全身に駆け巡って転移してしまうんではないか、とそういうふうな想像はすぐに出来ますね。そして、そのある種の想像によってずっとその手術が行われて来ているわけです。

これが今から20数年前に大きな論文が出て、実はハルステッドの手術と温存といいますか、そうでない方法による手術治療との間に、5年生存率に、有意差significanceはない、意味のあるような差というものは存在しないということが大きな論文として発表されました。

それ以降、海外ではその手術方法は急速に衰退していったんですけれども、日本では、その手術がそれからもずっと行われておりました。胸を真平らにするような手術というのは、もう患者さんの生命をながらえさせるという意味でも、何の意味のある差というものが、そうでないものに対して認められない。ということ、そして世界中ではどんどん止めていったにもかかわらず、そういうことは全く関係なくずっと日本では行われていたんですね。

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大きな違い

これは別の本で非常に面白いものがあるのですが、世界中の癌の専門医の方が、自分の専門の部位の癌について、肺なら肺癌、すい臓ならすい臓癌ですとかね、もし自分がその専門の部位の癌に罹ったとすれば、どのような治療を自分は受けたいのか?という調査がありました。それを見ますとね、世界の専門医の意見はぜんぜん違うわけなんですね。驚くほどすごく違うんですね。それはまた別の機会でお話しますけれど。

この方がアメリカに行かれまして、日本式の治療とはぜんぜん違う、誰もハルステッドの手術はしていないんですね。誰も。どうしてしていないのか?尋ねてみますと、君はあの論文のことを知らないのか?と言われるわけです。あ〜、そういう論文がありましたね。読んだ記憶はあるんですが、読みましたけれども、日本ではその論文で何も変化がなかったんで、確かにあの論文はあったけれども。アメリカではあの論文以降、ほとんどの人はすぐ止めてしまったんだ、乳房が亡くなってしまうことは女性にとって大変なことだし、切除するとその後どうなるのかということはあまり言われないんですね。とにかく命のほうが大事だ、と言われ、確かに命の方が大事だと思った結果手術の後ショックを受けるわけですね。

本当に真平らで、何もないわけなんですね。でもそれでもそれが、その人の生命を少しでも永らえさせることに大きく貢献するならば、寄与するならば、より大きな元気ともうしますか、大きなメリットになるのなら、それは仕方がないということにもなるんですけれどもね。しかし、それだけ大きな犠牲を払いながら、実際にはそれによる治癒的な意味、効果は実際には無い、ということになりますと、いろいろなことがひっくり返ってくるわけなんですね。

アメリカやその他の国では、その論文に非常にすばやく反応してどんどん止めていったんですね。でも日本では論文が出てから15年たってもほとんど止めなかった。なぜ止めないのか、それは、危ないから、リンパから転移したらどうするんだ?と。その転移についても手術のとき始めて取ったとしても、手術前までは通常に生活をしていて、生きているわけですから、もし転移をするとすれば、それ以前に転移をするはずだとか様々な意見があるんですけれども。とにかく、そういうふうな現状にびっくりして、近藤さんは日本で様々なところに書いたりしてずいぶんと叩かれたり様々なことがあったようです。

多少違う方向に話に流れましたけれども、今何を申し上げたいかと申しますと、近藤さんという方は何が本当に証明されていることで、何が本当に分かっていないことなのか、ということをまず、明らかにしようとした。ということに非常に貢献がある、ただ単に評論家的に論評しているということではなく、これは自分の職を通して、とても勇気のあることです。ただし、慶応病院では非常に孤立をされてるんですけれどもね。

ただ一般的にいう”科学的”という言葉ですが、これはとても狭い意味でのことなんです。代替療法については完全に否定なんですね。彼らは代替医療は証明されていない医療、非証明医療と呼んでいるんですね。非証明医療というものは科学ではない、だから行うべきではない。というんですね。これはきわめて狭い考え方で、実はそれこそ非科学的な考え方なんですね、どういう意味で非科学的なのかと申しますと、まず、科学というものは何なのか?ということなに立ち返ってみる必要があります。

科学の本質というものはまず、何が本当に起こっているのか?ということをちゃんと観察していくこと。そして、まず何が本当に起こっているのか?ということをちゃんと見た後で、それはなぜ起こっているのか、どのように起こっているのか?ということを見ていくわけです。一般的に科学的というふうに言われていることには、そもそも最初の、本当に何が起こっているのかということをちゃんと見ずに、それを現在のいわゆる理論で説明が出来るのか出来ないのか、そして、説明が出来れば科学的、説明が出来なければ非科学的というように、極めて短絡的な言い方をすることが、非常に多いわけなんです。

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極めて非科学的

いったん癌の話から離れますけれども、いわゆる免疫ということも、つい最近まであまり解っていなかったんですね。

胸腺は非常に小さなものでね、大人になると退縮していくんですけれど、胸腺ですとかアデノイドがありますが、今から50年ぐらい前には、アデノイドの切除というものが非常にはやっていたんですね。

当時アデノイドというものが何らかの機能をもっているということが考えられていなかった、知られていなかったのです。どのような機能があるのか、まだ分かっていなかったので、必要のないものとされていたんですね。そして必要のないものが、悪戯をする、炎症を起こす、熱が出て、腫れる、ということで、とにかく切除してしまう。そうすると炎症を起こすこともない。このような経緯で非常に安易にアデノイドの切除というものが流行っていました。

それから何十年か経ってだんだんと免疫についての研究が進んできますと、実はアデノイドというものが非常に免疫のシステムの中で重要な役割を負っているということ、そして何の意味もないと思われていた胸腺は免疫の親玉であるということが解ってきたんですね。

そうしますとね、盲腸も実は免疫の中で重要な役割を担っている。そうすると、安易に切ってはいけない。ということになるんですね。もともと我々に存在するもので、何の意味なしに我々に存在するものはあるはずがないわけですね。普通に当たり前に常識を働かせて考えて見ると、我々の中にあるものは、どんなものでも何らかの役割を持って、今あるわけです。必ず役割りを持っているわけです。それなのに、まだどのような役割を担っているかが分からない、更に科学ではまだ分かっていないということが、言葉が摩り替えられて、「科学的に証明されていない」という言葉に摩り替るわけです、科学的に証明されていないという言葉そのものは、別に違ってはいない、確かに科学的に、まだ証明されてはいないわけです。でも科学的にまだ証明されてはいないという言葉が、本来は限定的に、まだわかっていないということしか意味していなかったはずなのに、イメージというものがあって、科学的に証明されていないということは、それはもう違うんだ、もうインチキなんだ、何もないんだというようなイメージを我々に与えるわけです。

とにかく科学的に証明されていないので、胸腺の機能、アデノイドの機能は無いということに、いつの間にか証明されていないということが、無いということに、いつの間にか摩り替わってしまうわけなんですね。その摩り替えに我々はなかなか、気が付けないのですが、このような事が様々起こるんです。

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癌という事に対しての我々の恐怖

誰でもわかる自明のことですが、我々の死亡率は100%なんですよね、未だかつて亡くならなかった人はいないのです。人類史上誰もいない、自明のことです。確かに治る、治らないとかいうこと、それそれで大事なんですけれども、とにかく最終的にどのような治療法があったとしても、どんな病気であってとしても、治らなかったから死んじゃったから、だからこれは有効ではなかったとは、そんな単純な話ではないということなんですね。いわゆる現代医学の場合、死というのは一つの敗北であるわけですね。

現代医学の最高の目標と言うのはね、あたかも患者さんを最大限の長さ生かしておく、ということ。もうそれだけが医療の使命である。と、誰もそういう風に明文化したわけじゃ無いんですけれども、なんとなく結局そういうことになっていますね。出来るだけ長らえているということが、いけないと言うことではないのですが、「それが医学の最高の価値なのかどうか」、「それが医が目指すものの本当の最高の価値なのか?」ということを問うてみるべきなのです。

私は、延命させること、それだけが医が目指すものの本当の最高の価値では決してないと思います。何故かと申しますと、先ほど申し上げたように「我々は死亡率100パーセント」なわけで、一番大事なことはその生きているときにどのようにすばらしく生きていくのか、どのように我々の人生をより充実させて生きるのか、ということにつきると思うからです。

そして寿命が長い長くない、とか健康、ということも、どのように我々が素晴らしい人生を送っていくかという中にある、一つのこと、つまり長生きが我々の人生の目標そのものではないのです。当たり前のことですね。長生きというものは、我々の素晴らしい人生の一つの要素に確かになりえますけれども、人生の目標そのものには決してなりえない。この生と言うものを、いかにすばらしく充実した、幸福なものにしていくのか、ということ、そこにフォーカスがあるのであって、その中に病気が治る、治らないと言うことも存在するということなんですね。

今日はホメオパシーの入門セミナーではないので、いわゆる病というものについての根本的な考え方の説明があまり出来ませんけれども、それは別のときに聞いていただきたいのですが、ただ、一言申し上げるとすると、病とは一般的に考えられているように、何か我々の敵であるとか、そういうものでは決して無いわけなんですね。そればかりか、本当は病は我々に対して素晴らしいことを与えてくれたり、教えてくれたり、様々なことをしてくれるわけですが、この辺は今日は時間が短いのであまり展開できませんけれども、その「病は敵ではない」と例えば申し上げますと、人によっては、”君は恐ろしい病気に罹っていないから、そんなのんきなことを言うかもしれないけど、病ってものは大変なものなんだ。そんなありがたいものだとか、敵じゃないとかね、そんな甘っちょろいものじゃない、もっと厳しい、大変なことなんだ。”と、そういう風におっしゃられる方が確かに沢山いらっしゃると思います。

そういう方がそういう風に、なぜそういうことをおっしゃるのか、ということ。どんなにその方たちが大変な思いをしていらっしゃるのかということ、について、何かそれを冒?したり、何か軽々しく見ようとかそういうことでは決して全くないんです。私なりに癌の患者さんをたくさん見させていただいて、ほとんどの方たちは末期の方たちばかりでした。ですから、そのような方たちがどのような状況にいらっしゃるのか、ということについては、私自身は癌に罹ってはおりませんけれども、それなりには見ているつもりですし、そのような苦しみと言うものを、私なりに共有し感じているつもりではあります。

けれども癌の患者さんたちといろいろお話をした中で、むしろ先程、帯津先生と癌の患者さんたちのエネルギーがどんどん変わっていくということを目の当たりにして、と言うお話を致しましたけれども。その中で、癌の患者さんたちに対して、ホメオパシーのレメディを処方したりいろんなお話をしたわけですけれども。幸い何も起こらなかった方はほとんどいらっしゃいませんでした。何かは起こっておりました。その「何か」が何なのかは人によって違います。先程申し上げたように、人間自体死亡率100%ですからね。どちらにしてもいずれ亡くなるのですけどね。結局のところ治る、治らないということが問題にはならなくなっていく、ということなんですね。そして末期の患者さんは様々な試練を経たなかで、いろんなことを、だんだんだんだん物事の本質的なところににどんどん行くわけなんです。そして、結局はただ単に治る、治らないではないということ。そこにも非常に気付きが起こってきて、帯津先生の言い方だと、どんどん非常にスピリチュアルになっていく、と言うんですね。人間としてね、非常にすばらしく成長していく。そのような雰囲気というものを、非常に感じたというんですね。

例えばそうですね、いろいろな方たちがいらっしゃるわけですけれども、病院というのは必ずしもパーフェクトな環境ではないですよね、いろんな不満というものを、言おうとすれば、いくらでも、たくさん不満を見つけることが出来ます。たくさん不満を言っている人たち、もちろんいらっしゃるわけですよね。病院の中がこうだとか、人がうるさいとか先生たちが親切でないとか、あまり見てくれないとか、そういう様々な不満が沢山あります。すごくそういうふうな不満の循環を非常にしているような人たちも中にいらっしゃるわけですけれども、ホメオパシーをもともと希望していた方々は、そこの出発点が多少違っていたのかもしれませんけれども。やって行くうちに、ご自身がこの世に生まれた生の意味とか、今までの人生を振り返ってみたり、さまざまされた中でどんどん本質的な気づきというものを得ながら、どんどん心が変わっていきながら、そして、それだけでは無くてそれに伴って、その方の身体的な症状というものもどんどん変わっていったんですね。

例えばですね、先ほど痛みのことがありましたね、確かに、痛みを非常に持っていらした方がいらっしゃいました。胃癌の末期の方で、あと1ヶ月と宣告されているんですとおっしゃるんですね。あと一ヶ月、なんて誰もわかるわけではないんですけれどもね。そういわれていると、胃の裏側が、非常にきりきり、背中がとっても痛いです、このままじっともしていられない、と訴えられてきました。そこであるレメディを飲んでいただいたんですね。そうしますといろいろな精神的なことも様々起こったんですけれども、それと共に痛みというものが劇的に無くなってきたんですね。非常に劇的になくなってきて、その方はね、あれから5年ぐらいたっていますけれども。あるところでばったりお会いしてとても元気なんです。痛みも全然ない。ということなんですけども。そのように痛みもほとんどの方が非常に軽減されているわけです。

その中にはいわゆる癌の進行が止まった方もいらっしゃいますし、だんだん退縮された方もいらっしゃる、もちろん何も変っていない、腫瘍そのものは変っていない、けれども成長はされていない。もちろん中には多少なりとも成長している方もいらっしゃるのですが、でもその方の癌そのものは多少成長はしていても、その方のトータルな中で、どんな感じがするのか、今あなたの健康状態はいかがですか?と聞きました。そうしたら、その方が、”自分が癌を持っているとか、ある意味では要らんことを何も知らなければ、私は結構、とてもいい状態です。”おっしゃいました。そういう風にして、ただ単に治る、治らないではなくてその方の状態というものが、非常に如実にいろんな意味で良くなってきているという体験をさせていただいて、ありがたい経験をさせていただいたと思っています。

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いわゆる現代医学的な治療というものは攻撃的な治療ということ

確かに抗癌剤の中には約一割ぐらいは顕著に、すばらしい兆候を示すような、そういう風なものも確かにあります。極々僅かですけれども、あるわけです。それはそれで多少副作用があったとしても命が長らえるのだったら、まあそれなりの意味というものがあるわけです。それが本当のベストかどうかは別として、それなりの意味があるわけなんですけれども。もう、もはや、そのような現代医学的には何の意味を成さないような治療、だけども非常に攻撃的な治療、そういったものは意味がないから止めて、そして静かに最後の余生を過ごす、ということでホスピスがあるわけですが。ホメオパシーのレメディーというのは、まさにこのquality of lifeをあげるということ、それだけに尽きます。そして、結局quality of life をあげるということの中に、いわゆる治るとかいうことも生じてくることもある、ということなんですね。

ですからホスピスの場合には、攻撃的な治療というものは否定していますね。そこでもう行わない、ということですが。ホメオパシーの場合は、攻撃的な治療どころか、どこまでいってもどこまでもその方のquality of life を上げるという為にあるわけですから、より幸せになる、というその中にいわゆる治る、治らないということも含まれてくる、ということなので、どういう風なレベルから始めても、そしてどういう風なレベルであっても、今まさに亡くなる寸前のような状況であっても、そういうことは関係ないんですね。

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前半のQ&A

Q:先ほどの専門家の先生が受けたい治療という本の名前をもう一度お願いします。

A:はい。「治る癌と治らない癌」という本です。

Q:日本の先生ですか?

A:世界各国の専門の先生たちがどういう風に考えたかと言うことが書いてあります。例えば前立腺のがんですと、例えば、アメリカとかカナダの場合では全摘出する、と。イギリスの場合−X-P治療、ないし尿道を通して部分的切除、日本ではやはり手術が強調されています。しかし、ある医学書によりますと、「前立腺がんの基礎と臨床」という本ですが、前立腺がんにおける唯一の根治療法は現在のところ早期癌に対する全摘出術だけである、と肯定的かつ断定的なことが書いてあります。

これとは逆に、例えばヨーロッパの他の国ではどうなのかというと、例えばスウェーデンという国は社会的な福祉も発達しておりますし、医学のレベルも非常に高いのですが、そこでの標準的な治療はどのようなのものなのかと申しますと、何もしないということなんですね。何もしないということが、一番その人のQOL(人生の質)にとっても、また平均寿命を考えても、これが一番良いと。これがスウェーデンの考え方です。

驚くほど国によって違うんですね。よく情報化社会というと様な一般論というものがありますけれども、情報化社会といいますと、まるで世界の隅々まで、いろいろなことがちゃんと伝わっているような印象を受けて、ホメオパシーがそんなにヨーロッパで盛んなんだったら日本で全く知られていないはずがないじゃないか、という風に、〜のはずがない、という言い方をします。しかし、日本のことがヨーロッパやアメリカにどのくらい伝わっているかと言いますと必ずしも伝わっていないのが現状です。 つい最近まで、ちょんマゲとか芸者とか、国によっては、本当にいろんな格差があるんですけれども、これも一つの参考にはなると思いますけれども、ある種の解毒剤というか、我々がなにか思い込んでいる、必ずしもただ単に必ずしもそれが本当だとは限らない、というだけじゃなくて、また世界によって、専門家によってすごく意見が違っている。ということです。

Q:お話のはじめに、癌にはイニシエーションとプロモーション、始まりと促進、があるとのお話がありましたけれども具体的にはどういうことなのか?お話いただけますか?

A:これは現代医学的な説明のところを読んだときに、イニシエーションとプロモーションの話があったわけなんですね。イニシエーションとはまさに本当の始まり、ここのところのメカニズムについて現代医学的にわかっている訳ではないんですが、様々な説がありますが、今お知りになりたいのは、現代医療的な意味でイニシエーションとプロモーションということはどういうことなのかということなのか?ということなのか、それともホメオパシーの中でイニシエーションとプロモーションどのような考え方をするのか、どちらでしょうか?

Q:癌の始まりというのが局所的に一部のところから始まって、ある程度大きくなると、転移していくと言う考え方もありますし、全身が癌的な状態になっていて、あらゆるところで小さな癌の芽が出来ていて、一番弱い部分がある程度大きくなって発見されるという、始まりについてもいろんな説があると思います。そして、ホメオパシー的にはどういう風に考えるのかとか、先生はどう考えられるのか?とかまたプロモーションは癌を促進するものとして、例えば動物性の食品、塩分、そういうものを多量に取っていくと、より促進されるという説もいろいろあると思うんですけれど、その辺をどうお考えになるかということをお聞きしたいです。

A:わかりました。現代医学的なアプローチの中で二つの用語をお話しましたけれども、ホメオパシーの中でも、一つのエネルギーの中にその両方があるわけなんですね、そもそもどういうふうなところから、どのような存在のあり方、エネルギーの方向性ということからはじまって、そしてそれがどのように循環をして、それがどのようにして具体的に表現をされ、人間の全レベルにおいて、人間の魂的なレベル、感情的なレベル、精神的なレベル、身体的なレベル、あらゆる所にどういう風に循環をしていくのかということ、そしてそのエネルギーというものが必然的にどのような、例えば食事をしたくなるとか、どういうふうな運動、行動様式をとりたくなるとか、どういう風なことに敏感であるとか、どういう風なものを好んだり嫌いになったり、どういうことによって悪化したり好転したりするのか、そういう風なことがレメディの症状像のなかにあります。

現代医学の中ではこう考えている、ということを、本を読んだりしてそれなりの知識はありますがそれについての現代医学的な解釈をしてもあまり意味がないと思いますので、今日はレメディのお話をしながら、結果的にご質問なされようとしたことをこれからご説明する中でカバーできればいいなと考えています。イニシエーションとプロモーションという言葉を現代医学的にも使っているということそのものが、私には面白かったので、ご紹介したわけなんです。