森羅万象セミナー

第1回 §21

Q:先ほど、今「この世」の我々が考えていることは、「あの世」からきているものであるというふうに先生おっしゃいましたよね。

我々が「あの世」的存在ですからね。

Q:そうすると結局、運命というのは決まってくるような形に感じるんですよね。人の業などともよく言いますけれども、そういうものも「あの世」の表現が自分に対してしていること、運命というものはほぼ「あの世」で作られてずっと来ていること、そういうことになるのではないかと。先生は以前、「運命というものは、ほぼ決まっているけれども、必ずしも100%決まっているわけではない」というふうな話をされたように思うので、そこがちょっと分かりませんけれども。

運命というものはですね、「ほぼ決まっている」のではなくて、「決まっている」と言って過言でないくらい強い力で我々を支配しているということです。けれども、究極的には何も決まっていません。もう一度申しますと、運命はもう決まっている、生まれながらにしてね、全て決まっていると言って過言でないくらい、極めて強い力で我々を支配します。が、最終的なところは我々自身にあるので、最終的なレベルでは全く何も決まってません。白紙です。ただそれは最終的なレベルの話であって、最終的なレベルでないところではあたかも、全部決まっているようになっています。全部決まっていると言っていいくらいの力で、我々はプログラミングされています。それは、本当は最終的な実在ではないんです。でも最終的な実在、と思うくらい強い力で我々を縛ります。本当は、最終の最終ではまっさらで何もありません。何も決まっていません。瞬間瞬間、全て白紙です。矛盾的に聞こえると思いますけれども、本当は瞬間瞬間、極端に言うと、この刹那と次の刹那の間には、最終的には何のつながりもありません。でもそれはあくまでも最終的なレベルであって、最終的なレベルに行く前の段階では、全てが次の刹那というものは、現在のそのまま産物であるようになります。

前にお話したとき、「薫習(くんじゅう)」とかそういう言葉を使ったかもしれませんけどね、カルマとか業…無私以来の業、ある種の記憶、宇宙開闢以来のあらゆる宇宙的記憶の薫習によって、そういったものが我々自身を非常に深いところから規定し、縛っている。けれども、それは最後の最後の一つ前までの話であって、最後になると突然、ガラッと物語は変わります。最後になると突然、あれだけもうとてつもない力で、これ以上ないと思われるくらいのもの凄い力で我々を縛っていたはずの力は、最後の最後の段階では、何にもなくなります。それは、それが本当は、最後の最後のそういうふうな最終的な実在ではないからです。これはちょっと本当に最後の方の話になっていくので、分かりにくいかも知れません。次回、唯識のお話のところで出てきます。阿頼耶(アラヤ)識、末那(マナ)識の話のところでね、またやります。

そうですね、我々には五識というものがありまして(五識というのは、我々の見る、聞く、触る、味わう、匂うというふうな五感のことですね)、それを統合するような、いわゆる意識がある。その意識の下に、末那識がある、阿頼耶識がある。そしてね、これらが循環する訳です。循環していって、循環的にこれらが全て薫習していって、全て影響して降りていって、一番深い意識がまた同時に、我々に何が見えるのかっていうことから一切合切を支配する。こういうふうな循環がカルマです。これは瞬間瞬間に循環します。同時因果です。これはまた次回の話になりますけれどもね。

Q:意識の循環がカルマなんですか。

意識の循環がっていうことではなくて、ずっと深い、まあ深層意識というかそういうふうなレベルのことです。この末那識、阿頼耶識って何ですかっていうこともね、もちろん言葉としてご存じだったりもすると思いますけれども、詳しい説明はまた今度にしたいと思います。とにかくこの循環、この循環というのは極めて奥深いもので、これは断ち切れないと言っていいくらい、極めて強い力で我々のパターンを作ります。

いろんないい方がありますけどね、轍(わだち)というふうな言葉を使ってもいいかと思います。まあとにかく、どんどんどんどん、轍は深く深くなっていく訳であって、その瞬間瞬間、今やったことがそのまま自分に降り掛かって、そしてそういうふうなパターンをまたより深めていく訳ですから、だからもうとにかくその轍はね、通常で言うと深くなるばっかり。どんどん悪循環する。で、その循環をしているという限りにおいてはね、この循環を断ち切るような糸口すら見つからない感じになります。これが業、カルマです。

で、こういうふうなあらゆるものが、阿頼耶識には薫習される。ちょうどいろんな匂いが染み付くみたいなね、薫習というのは「薫りを習う」と書きますね、薫りを習って染み付くというようなことです。

Q:先生、次回が楽しみ。

そうですね。だからこれから言うとね、運命は変えられない。あらゆる瞬間瞬間には、その前の因があって、その結果があり、またその結果がまた原因となり…というふうなことを繰り返していく、永遠に繰り返していくって言いました。あらゆる瞬間に。そしてそれは、この阿頼耶識のレベルで起こるんですが、同時にまたこの阿頼耶識というものにはね、ある種の二重性があるんです。ですので、最後の最終的なレベルにおいては、あらゆる瞬間瞬間というものは、本来は前の刹那とは何のつながりもない。実はあらゆるその刹那っていうのは切断されています。

Q:逆説的ですね。

そうなんです。言葉的には逆説的です。だけど本当は切断されているんです。本当は、薫習しなければならない理由はどこにもないっていうことなんです。薫習してしまうんだけども、でも最終的には薫習しなければならない理由はどこにも存在しない。

Q:生命体のエネルギーは、これは今、支えているからそういうことになる訳ですね。パターンがその一生命体のパターンになってきているという…

そうですね。この末那識というのは、執着の識ですけども、この執着の識がなければ、この世に生まれてくることもない。まあこの先は、またこれからのお楽しみにしたいと思います。

第2回へ続く

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